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広島高等裁判所岡山支部 昭和38年(ネ)10号 判決 1964年1月27日

控訴人(原告) 岩田五一

被控訴人(被告) 国 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立て

一、控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人国(岡山県知事)が原判決添付目録記載の(一)(二)(三)の土地につき昭和二三年三月二日を買収の期日としてした買収処分が無効であることを確認する。被控訴人国および同山崎照夫と控訴人との間において右(一)の土地が控訴人の所有に属することを、被控訴人国および同山崎鹿治と控訴人との間において右(二)の土地が控訴人の所有に属することを、被控訴人国および同甲〆和海と控訴人との間において右(三)の土地が控訴人の所有に属することを、確認する。訴訟費用は一、二審とも被控訴人らの負担とする」との判決を求めた。

二、被控訴人国は主文同旨、その余の被控訴人らは主文一項同旨の判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

当事者双方の事実上および法律上の主張は、左記のとおり付加するほか、原判決事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。

一、控訴人の主張

1、原判決事実摘示第二の一(原告の請求原因)の2の(一)ないし(五)の主張の詳細は次のとおりである。

(イ)、大井村農地委員会の買収計画書(甲一号証の二、三)によると、本件(一)(二)(三)の土地をいずれも大字大井字鷺尾下二六七一番としながら、その売渡計画書(甲二号証の二、三、五)によると、本件(一)の土地を同所二六七一番の三、本件(二)の土地を同番の四、本件(三)の土地を同番の六とするのは理解し難いところであり、結局、本件(一)(二)(三)の土地は買収当時いずれも公簿上独立して存在しなかつたものといわねばならぬ。

(ロ)、自創法一五条は農家の使用する宅地のすべてについて買収を許したものではなく、その位置・環境・構造等に照らして農業経営における必要性を吟味したうえ、買収の申請を相当と認めたときに限つて買収すべきものとするのであり、本件(一)(二)(三)の土地に対する付帯買収は右の相当性を欠く。このことは、これらの土地が控訴人から国を除くその余の被控訴人三名に各賃貸され、同人らが借地法によりその権利を保護せられていたことからしても明らかである。

(ハ)、大井村農地委員会は本件(一)(二)(三)の土地の買収にあたり、買収計画の公告および縦覧の手続をしていない。その手続をするとしても、公告や縦覧に必要な土地の地番や面積を表示するのに、いかなる方法をとつたものか、その方法はなかつた筈である。同委員会の公簿の記載によつても、その間の状況を知る手がかりがない。

(ニ)、控訴人は、本件(一)(二)(三)の土地の買収につき、買収令書の交付を受けていない。この点に関する被控訴人らの主張は否認する。

(ホ)、本件(三)の土地は被控訴人甲〆和海の母政江の申請に基づいて買収されたものである(同女の申請は当時未成年の和海の法定代理人としてされたものではない)が、売渡しは被控訴人和海にされている。大井村農地委員会が右(三)の土地を同所二六七一番の五としていつたん売渡計画を樹てながら、その後これを同番の六として被控訴人和海に売渡計画を樹てた(甲二号証の四、五参照)のも、この間の消息を物語るものであるが、被控訴人和海は農業経営者でなく、その後間もなく岡山市に転住している。このように、本件(三)の土地は、自作農として農業に精進する見込みのない者で、しかも買収申請をしていない被控訴人和海に売り渡されたものである。

2、かりに買収令書の交付があつたとしても、本件買収令書記載の買収の期日によると、令書の交付前に遡及して買収することになるから、無効である。

二、被控訴人国およびその余の被控訴人三名の主張

買収令書の交付および公告に関する主張の詳細は次のとおりである。

本件(一)(二)(三)の土地の買収令書は、昭和二三年八月頃控訴人が大井村農地委員会に来庁した際、いつたん直接交付したが、受け取れないといつてその場で返還されたものである。

そこで、同年一二月七日岡山県告示七七七号をもつて右各令書記載事項の公告がなされ、これにより令書の交付と同一の効力を生じたものである。

三、被控訴人国の主張

原判決事実摘示第二の二の1(答弁)の(二)の詳細は次のとおりである。

(イ)、本件(一)(二)(三)の土地に対する買収は、吉備郡足守町大字大井字鷺尾下二六七一番の土地のうち、控訴人から国を除くその余の被控訴人三名に賃貸されていた各該当部分に対してなされたもので、右土地は買収時まで分筆されず、公簿上も田一反八畝二三歩と表示されていたが、控訴人自身が現地について杭打ちし各賃貸部分を特定して前記被控訴人三名に貸与したもので、その各賃貸部分を対象として本件(一)(二)(三)の土地の付帯買収がなされたものであるから、枝番の有無ないし誤記のいかんに拘らず買収地の特定に欠けるところはない。

このことは、控訴人が本件買収計画の公告を見てただちに異議の申立てをし、その決定に対しさらに訴願をしたことによつても明らかである。けだし、賃借人たる前記被控訴人三名においてそれぞれ使用中の各該当部分につき、本件各買収計画が樹立された事実を推知しえたればこそ、控訴人において右異議・訴願をなしたものといいうるからである。

(ロ)、控訴人が本件買収の対象となつた土地の「位置・環境・構造」を云々するのは、自創法一五条二項三号の規定を根拠とするものであるが、この「買収できない基準」を定めた二項の規定は、昭和二四年六月二〇日法律二一五号農地調整法の一部を改正する等の法律(同日公布施行)により新設されたもので、昭和二三年三月二日を買収の期日とする本件付帯買収処分には、その適用がなく、同条一項により市町村農地委員会が申請を相当と認めたときは、政府において買収しえたものである。

そして同年三月当時、被控訴人山崎照夫は約五反七畝を耕作してうち約四反一畝の旧小作地(買収農地)の売渡しを受け、同山崎鹿治は約三反七畝を耕作してうち約二反二畝の旧小作地(同)の売渡しを受け、同甲〆和海は約二反歩を耕作してうち約六畝歩の旧小作地(同)の売渡しを受けて自作農となろうとしていた者で、他になんら宅地を所有しなかつたものであるから、その申請を相当と認めてなされた本件各付帯買収は適法である。なお、右買収農地と本件(一)(二)(三)の土地とは一キロメートル以内の範囲(最短のものは庭先にある)にあり、右新設の同法一五条二項三号の規定からしても、本件付帯買収を不相当とする位置・環境にはない。

(ハ)、大井村農地委員会は、本件(一)(二)(三)の土地の付帯買収につき、昭和二三年二月二〇日その買収計画を公告し、同日より翌三月一日まで関係書類を縦覧に供した。控訴人は右縦覧期間中、本件(一)(二)(三)の土地が買収されることを知り、異議の申立てをしたものであること、前述のとおりである。

(ニ)、買収令書の交付・公告の関係については前述のとおりである。

(ホ)、被控訴人甲〆和海は昭和二一年六月二四日その父の死亡のため家督相続により戸主となつたが、本件付帯買収の申請(同二三年五月一七日)当時はなお未成年で、同人の親権者たる母政江が農業経営等一切の中心となり、被控訴人和海はその手伝いをして農業に従事したもので、また自創法による買収・売渡しの計画はすべて世帯単位で計算していた関係から、大井村農地委員会は右政江名義による買収の申請を被控訴人和海の親権者としての表示を欠いたものと判断し、該申請を被控訴人和海の申請と認めて同人に本件(三)の土地を売り渡したものであり、その措置は必ずしも違法とはいえない。

第三、証拠<省略>

理由

一、控訴人がもと本件(一)(二)(三)の土地を所有し、(一)の土地を被控訴人山崎照夫に、(二)の土地を被控訴人山崎鹿治に、(三)の土地を被控訴人甲〆和海にそれぞれ賃貸していたところ、被控訴人国(岡山県知事)が自創法一五条に基づき、いずれも昭和二三年三月二日を買収の期日として買収し、同日を売渡しの期日として(一)の土地を被控訴人山崎照夫に、(二)の土地を被控訴人山崎鹿治に、翌二四年七月二日を売渡しの期日として(三)の土地を被控訴人甲〆和海に売り渡したことは、各当事者間に争いがない。

二、よつて、以下に控訴人が右各買収処分の無効原因として主張するところを検討する。

1、控訴人の主張1の(イ)について。

控訴人は、本件(一)(二)(三)の土地は買収当時いずれも公簿上独立して存在しなかつたものである旨主張し、これを本件買収処分の無効原因の一とするものであるが、一筆の土地の一部を買収することも可能であるから、公簿上独立の存在なりや否やを云々するかぎりにおいて、その主張はそれ自体理由のないものというべきである。

この点につき控訴人は、ほんらい右の主張にとどまらず、本件(一)(二)(三)の土地が当時一筆の土地の一部であつたため買収令書の表示においてその特定を欠き、ために本件各買収処分は結局無効たるに帰する旨を主張すべきところであつたと思われる。本件無効確認請求において、控訴人の主張としてかかる指摘の存するものは認めえないが、控訴人が老令の身で当審において本訴を維持する心情を考え、とくにこの点に関する当裁判所の見解を表明することとする。

成立に争いのない甲第一号証の一ないし三(買収計画書)、同二号証の一ないし五(売渡計画書)、乙一号証(判決)、原審における控訴人本人の供述に弁論の全趣旨を綜合すると、次のとおり認めることができる。

控訴人は、古くから岡山県吉備郡足守町大字大井字鷺尾下二六七一番の土地(登記簿上の地目田)一反八畝二三歩を所有したが、右土地は(少なくとも後記部分に関するかぎり)現況宅地であつて、控訴人は今次大戦以前から、そのうち七四坪八合を被控訴人山崎照夫に、八二坪六合を被控訴人山崎鹿治に、三九坪五合を被控訴人甲〆和海の父勲に建物所有の目的で期間の定めなく賃貸し、同人らは右地上に住宅を建築所有していた。右土地は賃貸に際しても分割されることなく、一筆の土地の一部として賃貸されたが、賃貸にあたり控訴人自ら立ち会つて間数を計り、境界標を打つたので、各賃貸部分とその坪数は判然としていた。甲〆勲は昭和二一年に死亡し、被控訴人和海が家督を相続したが、その後自創法の施行に伴い、被控訴人三名はそれぞれ当時小作中の農地につきこれを買収した国よりその売渡しを受け、さらに控訴人より賃借中の右各土地(現況宅地)につきこれを付帯買収した国よりその売渡しを受けた。これが各当事者間に争いのない本件(一)(二)(三)の土地の賃貸および買収・売渡しの経緯である。ところで、右鷺尾下二六七一番(田)一反八畝二三歩の土地は、登記簿上、依然として一筆のままであつたので、買収・売渡しの衝にあたつた大井村農地委員会は、買収計画においては、一筆のまま七四坪八合、八二坪六合、三九坪五合と面積によつて区分して表示し、売渡計画においては、売渡しの相手方ごとに右各坪数を表示したほか、便宜上前記地番に枝番を付し、本件(一)の土地(山崎照夫)を二六七一番の三、(二)の土地(山崎鹿治)を同番の四、(三)の土地(甲〆和海)を同番の六として表示したが、これが後に正規の分割登記の結果、現在のように同番の四、五、六とされることになつた。

以上のとおり認めることができ、これに反する証拠はなんら存在しない。

これによると、本件(一)(二)(三)の土地は、買収計画当時、地番によつて区別されず、売渡計画にあたり便宜これに付された枝番も後日正規になされた登記簿上の枝番に一部合致しないものがあるが、なお、その坪数の表示により、これが被控訴人山崎照夫、同山崎鹿治、同甲〆和海の三名に対する各賃貸部分を対象とするものであつたことは、まことに明瞭というべく、他に特段の事情の認められない本件においては、右買収計画に基づく買収処分において、対象地の特定に欠ける違法はないものというべきである。

2、同(ロ)について。

昭和二七年法律二三〇号農地法施行法による廃止前の自創法一五条二項は、同条一項による付帯買収をなすべからざる場合として、「宅地又は建物の位置、環境及び構造等により買収を不適当とする場合」を掲げる。同項の規定が本件における買収の期日以後の同法の一部改正によるものであることは、被控訴人国の主張するとおりであるが、右改正前の買収においても、改正後の同条二項各号に該当する事由のある場合には、同条一項による買収の申請を相当と認めるべきではないものと解すべきである。

ところで、控訴人は本件(一)(二)(三)の土地はその位置・環境および構造等により買収を不適当とする場合にあたる旨主張するが、行政処分の無効原因の主張としては、処分要件の存在を肯定する処分庁の認定に重大明白な誤認のあることを具体的事実に基づいて主張すべきところ、本件(一)(二)(三)の土地が建物所有の目的で前記被控訴人三名に賃貸され、その賃借権が借地法によつて保護されるからといつて、これによりただちに自創法一五条による付帯買収の相当性が否定されるものでないことは、同条一項の規定自体に照らして肯認しうべく、その他控訴人においてこの点に関する無効原因を具体的事実に基づいて主張するものがないので、控訴人の主張は採用のかぎりでない。

3、同(ハ)について。

前掲甲一号証の一ないし三、乙一号証、原審における控訴人本人の供述に弁論の全趣旨を綜合すると、大井村農地委員会は昭和二三年二月二〇日頃本件(一)(二)(三)の土地につき所定の公告と縦覧を施行し、これを知つた控訴人から買収計画に対し異議の申立てをしたことが認められる(買収計画当時において本件(一)(二)(三)はともに一筆の土地の一部であつたが、なお対象地の特定に欠けるものでなかつたこと、前述のとおりである)から、この点に関する控訴人の主張も採用できない。

4、同(ニ)について。

前掲甲一号証の一ないし三、乙一号証、成立に争いのない同二号証の一、二、前掲控訴人本人の供述の一部に弁論の全趣旨を綜合すると、次の事実を認めることができる。

控訴人は、本件(一)(二)(三)の土地に対する買収計画の公告後その縦覧期間中である昭和二三年二月二四日、大井村農地委員会に右買収計画に対する異議を申し立て、その棄却の決定に対し同年三月二日岡山県農地委員会に訴願をし、同月一二日訴願棄却の裁決を受けたが、これに対しただちに訴願裁決取消の訴を提起した。その後、右買収手続の進捗により同年八月頃、岡山県知事は大井村農地委員会を通じて控訴人に買収令書を交付しようとしたが、控訴人が右のとおり買収計画に異議を申し立て、現に裁判中の故をもつて買収令書を受領しなかつたため、同年一二月七日自創法九条の規定に基づき岡山県告示七七七号をもつて買収令書の交付に代えてその公告をした。その後、控訴人は前記農地委員会を通じて買収の対価を受領した。

前掲控訴人本人の供述中、右認定に反する部分は措信し難く、他にこれを左右するに足る証拠は存在しない。

このように、被買収者が関係処分に対する係争中の故をもつて買収令書の受領を拒絶した場合は、自創法九条一項ただし書にいう「令書の交付をすることができないとき」にあたるものと解すべきであるから、本件において所轄知事が買収令書の交付に代えて公告をしたのは適法である。

5、同(ホ)について。

弁論の全趣旨によれば、被控訴人甲〆和海は亡父勲より受け継いだ旧小作地(買収農地)をその名において売渡しを受けたものであり、前掲甲二号証の四、五によれば、本件(三)の土地の付帯買収の申請は訴外甲〆政江の名においてなされたものと推認しうべく、本件(三)の土地が被控訴人和海に売り渡されたことは各当事者間に争いがない。

ところで、自創法一五条による付帯買収の申請は、買収農地等の売渡しを受けた者のみがすることができ、同条一項二号による宅地については、その者が当該宅地について賃借権等を有するものでなければならないとするのが、法の規定である。

被控訴人和海が買収農地の売渡しを受けた者であること、同人が本件(三)の土地につき亡父勲より承継した賃借権を有する者であることは、いずれも前述のとおりであるが、控訴人は、右買収申請が被控訴人和海でなく訴外政江の名においてなされたことを捉えて、右買収処分を攻撃し、また被控訴人和海は自作農として農業に精進する見込みのあるものにあたらない、と主張する。

しかし、原審における被控訴人和海本人の供述によれば、同人は本件買収当時一六歳未満の未成年者で、親権者たる母政江が事実上中心となり、被控訴人和海がこれを助けて農業経営を営んでいたこと、その後同人は昭和三一年三月頃より岡山市に転住し自動車運転者として勤務するに至つたが、それまでは本件(三)の土地に居住しておおむね自家の農業に従事したものであること、同人が岡山市に転出して後も、母の政江と二人の弟は依然として本件(三)の土地に居住し、従前どおり農業を経営しており、将来は被控訴人和海がこれを維持すべき関係にあることを認めることができる。前掲控訴人本人の供述中、右認定に反する部分は措信しない。

これによると、大井村農地委員会は訴外政江名義でなされた本件付帯買収の申請を、被控訴人和海の親権者としてなされたものとして処理したものというべく、その措置は結局相当であつて、とくに違法とすべき廉はない。

また本件において、右委員会が被控訴人和海を当該買収農地につき自作農となるべき者と認め、その(母政江の名による)買収申請を相当としたのは、なんら違法ではない。

6、同2について。

本件において、買収令書の交付に代える公告が「買収の時期」より後になされたことは前述のとおりである。しかし、買収処分の効果を処分前に遡つて発生させることも法理上はもとより可能であり、これを禁ずる規定もなく、また本件において、遡及的に買収処分の効果を生ぜしめることによりその効果を受ける者の権利が不当に害される事情も認められないから、本件買収処分(令書の交付に代えてなされた公告)をもつて違法とすることはできない。

三、以上、控訴人の主張はすべて失当でその請求はとうてい採用し難く、原判決は一部理由を異にするところがあるが、結局相当である。

よつて、民訴三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴原八一 西内辰樹 可部恒雄)

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